2014年5月2日(金)
Cort Theatreにてマーティン・マクドナー作「The Cripple of Inishmaan」を鑑賞した。本作を選んだのは、ストレートプレイを最低1作品くらいは観ておきたかったし、英国での評判が良さそうだったのと、マイケル・グランデージの演出した舞台を一度観てみたかったというのが理由。
【劇場と座席について】

幕間に他の席からの眺めも確認してみたが、メザニン5列目や少し端の方でも快適に鑑賞できそうだ。1階には降りていないが、ここはステージが少し高めなので最前2列は避けた方がよいらしい。また、メザニンが低いのでオーケストラ後列だとステージ上部が遮られてしまう可能性がある。
メザニンの階に女子トイレはなく、1階上にのぼったところに個室が2個だけある。休憩時は早めに移動した方がよさそうだ。
ダニエル・ラドクリフが出るので若い女子が集ってキャーキャーしている感じかと想像していたが、客層は普通で、むしろ平均年齢はやや高めだと感じた。メザニンは前から4列目くらいまでしか埋まっておらず後方や端は空きが目立っていたのがもったいない。これなら当日でも余裕でチケットを買えるだろう。
【セット】
舞
台の緞帳にはアイルランドの風景が描かれており、そこには灰色の空、海、荒涼とした岩だらけの土地が広がっている。舞台上のセットは3種類で、主人公の住まいである小さな店、海岸、脇役の家や教会など汎用的に使われる室内が隣り合って円形に配置され、舞台がくるりと回転して場面が転換する仕組みだ。私は旧
演出のレミゼを観たことがないので、「おお、盆ってこんな感じなのか~」と少しだけテンションが上がった。また、セットの上部はごつごつとした岩になって
おり、そこに役者が上ることで視覚的に上下の動きを与えるのが効果的で面白かった。
※あまり参考にならない参考映像 http://youtu.be/iYeGcvGU2_M)
【あらすじ】
1930年代、アイルランドのアラン諸島の一つ、イニシュマン島。17歳の青年・ビリーは生まれつき左手と左足が不自由で、赤ん坊の頃に両親を亡くし、島で小さな店を営むケイトとアイリーンという2人の中年女性を親代わりに暮らしている。タイトルのThe
Cripple of Inishmaanとは、このビリーのことで、「Cripple」は手や足が不自由な身体障害者を指す言葉だ(※侮辱的・差別的な意味を含むため現在ではあまり使用されていないそうだ。劇中ではもっと差別的な意味で使われているのだろう)。
その他に登場するのは、住人のゴシップを嬉々としてふれまわる中年男ジョニーパティーン、その母でアル中のマミー、美人だが異常に暴力的で口の悪いヘレンという少女、そのアホな弟バートリー、無口な寡夫の漁師バビーボビー、唯一まともそうな医師マクシャーリー。
ビリーは大人しく理性的な青年なのだが、周りの人間はみな彼のことを変人だと思い、「クリップルビリー」と呼んだり、不自由な体のことも含めて完全にバカにしている。親代わりのおばさん2人も彼の本心は何も分かってくれない。ビリーにはつらい環境だ。それにイニシュマン島には何もない。
彼は退屈な毎日を送っていたが、ある日ゴシップ好きのジョニーパティーンによって大ニュースがもたらされる。隣の島・イニシュモアでハリウッド映画の撮影が行われるというのだ(※この映画撮影は実際にあった出来事)。ヘレンとバートリーの姉弟は映画出演のチャンスを得ようとバビーボビーに頼み込んで舟を出してもらうことにするが、その話を聞いたビリーは自分も一緒に連れて行ってくれと言い出す。映画に出演するということは、この退屈な島から抜け出すチャンスなのだ。
当然、ビリーの願いは皆に否定される。ヘレンとバートリーは大笑いし、バビーボビーにも断られる。しかし、彼は切り札として一通の手紙をバビーボビーに見せる。そこには何が書いてあるのか…?
【感想】
もう、皆とにかく濃い! という一言に尽きる。元々クレイジーでアクの強いキャラばかりなので、脇役それぞれの演技を観ているだけでも楽しい。シリアスなシーンを除いてほとんどの場面で笑いが絶えず、舞台が回転・暗転して次のシーンに移るたびに拍手が起きるのだ。
ケイトとアイリーンおばさんの抑えた皮肉な笑い、クレイジー美少女ヘレンの暴力的なツッコミ(そして生卵攻撃)、その弟のスタンダードな反復ボケ、ジョニーパティーンの「お、おぼえてろよッ…」な感じの負け犬キャラ…スクリプトを読んだだけではぼんやりとしか伝わってこなかったキャラクターの魅力が、生身の役者が演じることによって突然生き生きと明確に感じられるようになり、その差に「そうか、演劇ってそういうものだよな…」と妙な感動をおぼえてしまった。
ただし、主人公を演じるダニエル・ラドクリフだけは別だった。悪いわけではないし、彼らしい若い純粋さが感じられて役にも合っていたと思うのだが、かといって最も印象に残ったというわけでもなかった。まともで大人しい性格の主人公だから、どうしてもこのアクの強いサブ達には埋もれがちで、一番難しい役なのかもしれない。ビリーの内に秘める思いや諦念、悲哀をもっと強く感じられたら、私はこの物語にさらに入り込めただろう。
それにしてもヘレン役のサラ・グリーンが本当に可愛かった…。彼女になら生卵をぶつけられても仕方ない気がする。そして弟・バートリーはスクリプトを読んだだけの段階では「なんだこのアホは…」としか思っていなかったのだが、舞台の上の彼は許せる可愛さのアホだった。25歳とは思えない少年らしさである。
【その他、気になったこと】
(1)謎なのが、「夢の島イニシュマン」という邦題。かつて文学座がこの題で上演したらしいが、ビリーが夢見て渡ったのはイニシュモア島で、彼が住んでいるのがイニシュマン島だ。「夢の島イニシュモア」ではないのか…?
日本版の戯曲を読んだことがないので分からないのだが、どういう意図でこの邦題にしたのだろう。気になる。
(2)終わりの方でとても悲しく切ない場面があるのだが、事前にスクリプトを読んでいない人は主人公が何をしているのか理解できるのだろうか?
と心配するところがあった。前方の近い距離から観ている人は分かると思うが、勘の悪い人がバルコニーあたりから観ていたら「…?」というハテナ頭のまま終わらないだろうか。やはり観る席は大事である。
【SD情報】
劇場を出て左側すぐ横にあり、終演時にはすでにファンが列をなしているので分かりやすかった(スター目当てで公演が終わる前から並んでいる人もいるようだ)。混み合ってはいたが特に警備が厳重というほどでもなく、ダニエル・ラドクリフは気さくにサインと写真撮影に応じていた。ただし時間制限があるので全員にではない。彼が出て行く前後にバートリー役のコナー・マクニール(?)やヘレン役のサラ・グリーンらも出てきたが、ダニエル待ちのファンが邪魔でなかなか近づけないので、特に彼目当てで待つのでなければ少し離れた場所で待機してもよいのでは。ケイトとアイリーンは仲良さそうに(特に追われることもなく)普通に道路を歩いて去っていった…。
【おまけ】
休憩中、席でぼーっとしていると隣席の男性(30~40代くらい)に「面白い?」と訊かれた。「はい、面白いし笑えます。でもアイルランドのアクセントなので聞き取るのがとても難しいです」と(前日とまったく同じことを)答えたところ、しばし雑談するはめに。彼はアイルランド人でニューヨーク&シカゴを旅行しているのだそうだ。化学薬品等のセールスをしていて、イニシュマンやイニシュモア、イギリスなどへもよく出張するのだという。ニューヨークにはアイルランドからの移民が多く、小舟で大西洋をわたろうとして命を落とした者も少なくないのだというようなことも語ってくれた。彼の喋る英語は別に聞き取りにくくないのだが、何が違うのかよくわからない…。何にせよ、アイルランドの芝居を見ていると知らない人に話しかけられるということがわかった。たぶん、この小さいアジア人の女がアイルランドの話を理解できるのか?と心配されるのだろう。
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